いまはインターネットが生活の中に当たり前にある時代

世界中の情報がいつでも瞬時に手に入れられる

家にいながらにして、世界最高峰の知に触れられる

 

手のひらに収まる小さい機械を使うだけで

YouTubeを開けば、業界トップの考えに触れることができる

逆に、自分に近い人のことも簡単に知ることができる

 

しかしこれらは同時に、

簡単に他人と比較できるようになった、ということでもある

 

そして多くの人は、

他人と比較して、自分を低く見積もりがちだ

 

例えばTwitterをやっている人なら、

基本的に自分と同じ活動おこなっている人の発信を見る

 

ものすごい結果を出している人もいれば、

自分よりもうまくいっていなさそうな人もいる

 

色々見てると、

そのうちだんだん、自分の立ち位置(レベル)がわかってくる

 

突き抜けている人を見れば、

いつか自分もあのようになりたいと思う

自分よりもうまくいっていなさそうな人を見れば、

安心感と優越感に浸る

 

実際、自分はそこまでうまくいっている訳ではないのに、

なんとなく、わかっているような発言をしてみる

自分はイケてる思考を持ち合わせているぜ、

とアピールするかのように

 

しかし現実は、なかなか突き抜けられないでいる

くすぶっている

 

そんな自分を認める訳にはいかないから、

今日も変わらず、

自分より「上」の人の発言に同調する

俺はたくさん「知っている」んだ、と、

なんとか自分のアイデンティティを保とうとする

 

でも、

なぜ、自分は突き抜けられないのか?

なぜ、「今」の位置をキープしたままなのか?

なぜ、自分の意見、主張、価値観を堂々と発信しないのか?

なぜ、変われないのか?

 

それは、

比較されたくないから

批判や批評の的にさらされたくないから

 

「いつか自分だって・・・」と、

いつまでも可能性の中で生きていたいから

 

そして、さらに恐れているのは、

誰からも相手にされないこと

無関心

 

これらに恐怖している

 

変われないのではなく、

変わらないようにしている

自ら「変わらないこと」を選択している

 

そうしてたほうが、

誰かに批判や批評されることはないし、

自分の主張に対して誰かに反論されることもないし

無関心に直面することもない

 

思いの丈を書き殴った「ツイートボタン」を押す、

勇気を出さなくて済む

 

成功できなかったのではない

成功したいはずなのに、成功したくないと思っていただけ

 

「そうだ、俺は批判されたくない」

「だから、このまま変わらないままでいよう」

 

そう思うのならそれでいい

今まで通りの人生を、また歩み続けていけばいい

不満に満ちた日常を、

また繰り返していけばいい

 

しかし、

やっぱり変わりたいと思っているのなら、

どっかで変わる勇気を出さなきゃいけない

 

「もう、誰にどう思われたっていいやー!」と

一歩前に進まなければいけない

 

その一歩は小さくてもいい

思いきらなくてもいい

恐る恐るでもいい

でも、必ず「前」でなければいけない

 

最初は誰からも相手にされないかも知れない

 

でも、

「本当の自分の意見」を外に出さなければ

何も起こらない

 

自分の意見や主張を外に出していけば、

そのうち、同意や否定がくる

 

やったじゃん、

無関心クリア

 

でもここで、

同意に甘んじていてはいけない

否定に怯んでもいけない

 

出し続ける

主張をし続ける

前に進み続ける

 

ちょっと疲れたら、

たまには休んでもいい

でも、休み過ぎはだめ

時計の針は待ってくれない

 

人生終わっちゃうから、

さっさと始めなきゃ

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